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大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)139号 判決 1998年2月12日

原告

面高美知子

外一四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

井上善雄

川村哲二

小山操子

中嶋弘

被告

岸和田市長

原曻

右訴訟代理人弁護士

長山亨

長山淳一

長山宗義

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、株式会社トーヨーベンディング(以下「訴外会社」という。)に対し、岸和田市立病院(以下「本件病院」という。)の建物及び施設のうち電源、床頭台、廊下及び洗濯室の部分(以下「本件使用部分」ともいう。)を使用させてはならない。

2(一)  (主位的請求)

被告が平成八年五月五日付けで訴外会社に対してした本件使用部分の使用許可の処分(以下「本件処分」という。)が無効であることを確認する。

(二)  (予備的請求)

本件処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文と同じ。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第一  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、大阪府岸和田市内に居住する住民であり、被告は、本件病院を管理する権限を有する者である。

2  被告は、平成八年五月五日、訴外会社に対し、地方自治法(以下「自治法」という。)二三八条の四第四項、岸和田市公有財産規則(以下「公有財産規則」という。)一三条一項三号、六号に基づき、本件病院の建物及び施設のうち、訴外会社がプリペイドカード式のテレビ、冷蔵庫及び多目的コンセント各三二六台を設置して営業するために病室の電源及び床頭台を使用すること、プリペイドカード販売機五台及び同カード精算機一台を設置するために廊下の一部を使用すること、並びにプリペイドカード式の洗濯機及び乾燥機各一六台を設置するために洗濯室の一部を使用することをそれぞれ許可する旨の本件処分をした。

3  しかし、本件処分は、次のとおり違法である。

(一) 本件処分は、自治法二三八条の四第四項、公有財産規則一三条一項六号の要件を欠く。すなわち、本件処分による訴外会社による本件使用部分の使用は、①長期間にわたって私的営利企業に独占的に使用を許可するもので、②病院や入院患者の必要のためではなく、一企業の営業の必要のためにされたもので、③入院患者は訴外会社から有料で電源、テレビ又は冷蔵庫を借りることを強いられ(設置スペースや電源等の問題もあり、入院患者がテレビ等を持参することも困難である。)、そのため、訴外会社に事実上の特権を与えることになる。また、④入院患者は、コンセントにつき一日当たり一〇〇円(数分間使用するだけでも一日分の料金となる。)、テレビにつき三〇時間当たり一〇〇〇円、冷蔵庫につき二四時間当たり二〇〇円という高額の使用料(いずれも入院患者が予め購入したプリペイドカードにより決済される。)を負担しなければならず、⑤病院や入院患者による床頭台の多様な利用が妨げられる。

(二) 本件処分は、実質上、営利企業である訴外会社に五年間もの長期間にわたって本件使用部分を独占的に貸与するもので、自治法二三四条所定の契約締結の手続きをも潜脱するものである。

(三) 本件処分により、入院患者が公の施設である床頭台等の本件使用部分を使用することが制限されている。これは、自治法二四四条に違反する。

(四) 本件処分は、憲法八九条、自治法二条三項、二条一三項、独禁法一九条、二条九項に違反する。

4  被告が本件処分をしたことにより、本件病院の施設の利用に困難を来たしており、このため岸和田市に回復の困難な損害が生じるおそれがある。

5  原告らは、平成八年七月一八日、岸和田市監査委員に対し、本件処分について、自治法二四二条一項の規定に基づき、住民監査請求をした。

岸和田市監査委員は、平成八年九月一三日、原告らの監査請求を棄却する旨の決定をした。

6  よって、原告らは、被告に対し、自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被告が訴外会社に本件使用部分を使用させるのを差し止めることを求めるとともに、同項二号に基づき、主位的に、本件処分が無効であることの確認を、予備的に本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

自治法二四二条一項の「財産の管理」等の財務会計上の行為とは、その財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為を意味するところ(平成二年四月一二日最高裁第一小法廷判決・民集四四巻三号四三一頁)、本件処分は、本件病院の入院患者の福利厚生や利便、病院の管理上の便宜等の行政上の見地からされた処分であって、本件使用部分の財産的価値に着目して、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的としてされたものではないから、財務会計上の行為に該当しない。

三  請求の原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3及び4は争う。本件処分は、病室や床頭台の本来の用途やその目的である治療を妨げるものではないばかりか、行政財産の効用を積極的に高めるものであり、自治法二三八条の四第四項や公有財産規則一三条に違反しない。

3  同5の事実は認める。

四  被告の本案前の主張に対する反論

1  自治法二三八条の四第四項に基づく行政財産の目的外使用許可は、使用者から使用料を徴収することができる(自治法二二五条)ことからも窺えるように、一般に、本来の行政目的を達成するためではなく、その目的を妨げない限度で、財産の運用としてされるものであり、その財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為ということができる。また、目的外使用許可が、一面では行政目的からする行為であるとともに、他面では財産の管理、維持、運用という財産管理目的からする行為でもある場合にも、財務的処理を直接の目的とする行為ということができる。

2  本件処分は、行政財産である本件使用部分の目的外使用許可であり、かつ、その目的も、一民間業者に行政財産を貸与して使用料を徴収するという財産の維持、保全、管理、運用の面に重点があるから、いずれにしても、財務的処理を直接の目的とする財務会計行為である。

理由

一  被告の本案前の主張について判断する。

1  原告らの本件訴えは、被告が訴外会社に対してした本件処分が自治法二四二条所定の財務会計行為であることを前提として、これが違法であるとして、被告に対し、自治法二四二条の二第一項一号の規定に基づき、訴外会社に本件使用部分を使用させるのを差し止めることを求めるとともに、自治法二四二条の二第一項二号の規定に基づき、主位的に本件処分が無効であることの確認を、予備的に本件処分を取り消すことをそれぞれ求めた住民訴訟である。

2  ところで、住民訴訟は、住民による事務監査請求の制度(自治法一二条二項、七五条)のように、地方自治体の事務一般の違法又は不当を問題とするための制度とは異なり、地方自治体の財務会計の適正な実現を目的として、租税その他の公租公課を負担する住民に、その個人的な利益とは直接には関係なく出訴を認めた制度であり、その対象とされる事項は、自治法二四二条一項所定の公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担という財務会計行為並びに、公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実に限られる。

このような住民訴訟の目的・趣旨に照らすと、右の「財産の管理」も、地方自治体の財産の管理行為のすべてが財務会計行為としてこれに該当するものではなく、その行為のうちで、当該財産としての財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財産管理行為がこれに該当するものというべきである(最一小判平成二年四月一二日・民集四四巻三号四三一頁参照)。そして、一定の行政目的実現のためにする行為が、他面では財産の管理という性質も有し、結果として地方自治体に財産的影響が及ぶ場合については、当該具体的な行為の法的性質、内容、具体的事情の下において、その行為が、主として一定の行政目的実現のために決定されるものか、それとも、主として財務会計上の観点から決定されるものかによって、財務会計行為としての「財産の管理」に該当するかどうかを個別的に判断するのが相当である。

3  そして、本件処分の内容及び具体的な事情について、当事者間に争いがない請求原因1、2の事実及び甲第一ないし第三号証、乙第一ないし第四号証、同第五号証の一ないし四、検乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし八、同第三号証の一ないし三、同第四、五号証の各一ないし四、第六号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、本件処分は、本件病院の管理者である被告が、自治法二三八条の四第四項、公有財産規則一三条一項三号、六号に基づき、平成八年五月五日付けで、訴外会社に対し、岸和田市の行政財産である本件病院の建物内の病室の床頭台、電源(コンセント)、廊下の一部、洗濯室の一部について、いわゆる目的外の使用許可をしたものであること、訴外会社は、以後、右の床頭台にプリペイドカード式のテレビ、冷蔵庫及び多目的コンセント各三二六台を、廊下の一部にプリペイドカード販売機五台、カード精算機一台を、洗濯室の一部にプリペイドカード式の洗濯機及び乾燥機一六台それぞれ設置し、入院患者やその関係者らに対して右プリペイドカードの販売による営業を行っていること、本件処分の条件(許可条件)として、訴外会社は本件病院の入院患者の福利厚生のための設備以外の目的には本件使用部分を使用しないこと、使用許可の期間は平成八年五月五日から平成九年三月三一日までとすること、許可の更新については、その運営上、使用可能の更新を五回確保すること、岸和田市は、本件使用部分を公用又は公共用に供するため必要とするとき及び訴外会社が許可条件に違反したときは、使用許可を取消し、又は変更することがあること、訴外会社は、使用期間満了の際、又は使用許可を取り消されたときは、その費用で本件使用部分を原状に回復して返還しなければならないこと、等の条件が付されていること、更に、本件使用部分の使用料等については、右の条件に基づく被告と訴外会社との平成八年五月五日付の覚書(乙第四号証)の形で、岸和田市は、許可期間中は訴外会社以外の者に本件使用部分に使用させることはできないこと、訴外会社は、テレビ、冷蔵庫、多目的コンセントについては、カード精算の後の二〇パーセントを、洗濯機についてはカード使用料一回につき五〇円を、乾燥機についてはカード使用一回につき四〇円を、それぞれ本件病院に支払うものとすること、等が定められていること、以上の事実が認められる。

4  右の認定した事実関係の下において、前記2の判断によれば、本件処分は、行政財産である本件の病院施設の一部である本件使用部分についての自治法二三八条の四第四項に基づくいわゆる目的外の使用許可であり、法形式上は、その本来の行政目的を直接達成するためのものとはされていない。また、岸和田市は、自治法二二五条により訴外会社との覚え書の形で訴外会社から前記のとおりの使用料を徴収することとされており、それは岸和田市の収入になる関係にあり、訴外会社に許可の更新が五回確保されている関係でその実質上の使用期間が約五年間にわたるなど、本件処分は、その行為の性質として、岸和田市の財産管理的な側面があることを全く否定することはできない。

しかしながら、目的外の使用許可が、法形式上、その本来の行政目的を直接に達成するものとはされていないからといって、直ちにそれが財産の運用としてなされるものとはいえず、通常、それは、一定の行政目的の実現のための公物管理的側面と財産管理的側面の二つの性質を合わせもつというべきである。これは、右の許可が、公用若しくは公共用に供するため必要が生じたときは、いつでも取消される関係にあることからみても明かであり(自治法二三八条の四第六項)、二つの側面の優劣関係を具体的な許可ごとに検討することが必要である。(浦和地判昭和六一年三月三一日・判例時報一二〇一頁の事案においても、当該許可について具体的な検討が必要であると解する。)。そして、本件処分は、本件病院の管理者である被告が、本件病院の施設の一部である本件使用部分を入院患者の治療、介護及び生活上の利便性を考慮し、本件病院施設全体をその本来の行政目的である患者の治療や介護、入院患者の生活の場として使用するためにしたもので、むしろ、病院施設の管理者がその利用形態を公物の管理として定めたとの側面が相当大きく、財産の運用としての財産管理的側面は希薄であるともいえる。本件処分の条件においても、訴外会社は、使用期間中であると否とを問わず岸和田市が本件使用部分の利用形態を変更するときは、公用又は公共用に供する必要を理由に、いつでも使用許可の取消しや変更を受ける関係にあるといえるもので(この関係では、前記の更新を約束する旨の定めの効力は問題となる余地がある。)、その場合には、通常の賃貸借関係のような補償を受ける関係にはなく、それ故、使用料もそのような関係を前提としたもので、岸和田市の資産をできるだけ効率的に運用するとの観点から決定されるものではないと考えられる。このようにみてくると、本件処分は、その内容においても、具体的事情の下においても、主として病院施設の管理という行政目的から決定されたもので、結局、本件使用部分の財産的価値に着目してその維持及び保全を図る財務的処理を直接の目的とする財産管理行為とは言い難いといわざるを得ない。

なお、原告らは、本件処分は、実質上、営利企業である訴外会社に五年間もの長期にわたって本件使用部分を独占的に貸与するもので、自治法二三四条所定の契約締結の手続を潜脱するものであるとの主張もするが、前記で認定した事実関係からしても、本件処分が同条の規定を潜脱するものとはいえない。

5  そうすると、本件処分は、自治法二四二条所定の財務会計行為とはいえないというべきである。

四  以上のとおりであり、本件処分が住民訴訟の対象となる財務会計上の行為とはいえない以上、これを前提とする本件訴えは、その余の点を判断するまでもなく不適法であるから、これを却下することにする。

(裁判長裁判官八木良一 裁判官北川和郎 裁判官和田典子)

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